札幌高等裁判所 昭和49年(う)203号 判決 1974年10月22日
本店所在地
北海道留萌市旭町三丁目五四番地
八印久保田水産株式会社
右代表者代表取締役
久保田八十八
右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和四九年七月八日旭川地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、つぎのとおり判決する。
主文
原判決中被告会社に関する部分を破棄する。
被告会社を罰金一、二〇〇万円に処する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人水原清之、同広川清英共同提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、当裁判所はこれに対しつぎのように判断する。
論旨は、被告会社を罰金一、五〇〇万円に処した原判決の量形は重きに過ぎて不当である、というのである。
よつて一件記録を精査し、当審事実調の結果をも参酌して按ずるに、本件は水産物の加工および販売等の事業を営む被告会社が、昭和四五年四月から同四八年三月までの三事業年度にわたつて所得金額合計三億二、三八四万五、三八九円、その税額一億一、四九〇万四、二〇〇円であるにもかかわらず、売上げ、雑収入、期末棚卸商品等の一部除外、架空仕入の計上などの不正行為による所得額の減少を企て、総額五、二八〇万六、八〇〇円に及ぶ多額の法人税を逋脱した事案であつて、その罪質、逋税金額、正規所得に対する四四%強にのぼる秘匿率、脱税率などを考慮すると原判決の量刑もあながち首肯できないわけではない。
しかしながら、本件各犯行の手段は特に悪質であるとまでは言えないところ、被告会社は本件発覚後犯行を素直にみとめて積極的に捜査に協力するとともに、行政処分をまたずに所管税務署に対して本件による修正申告をなし、総額約一億二、〇〇〇万円に達する本税、重加算税およびこれに伴う各種地方税を完納しており、また被告会社は設立後僅か数年を経たばかりであるが、着実に業績をのばし、地元の産業等に少なからず貢献していたものであるところ、当審事実調の結果によると昭和四九年度に入つてからは経済事情の悪化による資金難が一段と深刻化し、このまま推移すれば、事業経営上重大な危機におちいり、延いては従業員の生活にも影響を及ぼすことが憂慮されているなど被告会社のため酌量すべき事情が少なからずみうけられる。
以上のほか記録上認められる諸般の情状を総合して考慮すれば、被告会社に対する原判決の量刑はやや重きに失するものと認められる。論旨は理由がある。
よつて、刑事訴訟法三九七条、三八一条により、原判決中被告会社に関する部分を破棄したうえ、同法四〇〇条但書にしたがい、当裁判所においてただちにつぎのように自判する。
原判決が認定した被告会社に関する事実に対する法律の適用は、原判決摘示のとおりであるから、これを引用し、その処断罰金合算額の範囲内において被告会社を罰金一、二〇〇万円に処することとし、主文のとおり判決する。
検察官加藤圭一公判出席
(裁判長裁判官 太田実 裁判官 横田安弘 裁判官 宮嶋英世)
控訴趣意書
被告人 八印久保田水産株式会社
右代表者 久保田八十八
右の者に対する法人税法違反被告事件の控訴趣意は、次のとおりである。
昭和四九年九月一九日
弁護人 水原清之
同 広川清英
札幌高等裁判所 御中
記
原判決は、刑の量定が不当であつて破棄を免れない。
(一) 証人中道正雄の公判廷における供述によつても明らかなとおり被告人会社は、本件脱税事件発覚後は謙虚に自己の違反行為を反省して国税局の担当査察官に対し、除外利益計算に関する上申書を提出するなど積極的に国税局、査察の捜査に協力してきた。
(二) 本件の如き法人税法違反事件において違反会社が積極的に修正申告をすることは修正申告により納税額が確定し、そこには金額の点につき救済の余地が残らなくなるが故に極めて希なことであり、また重加算税等の納税についても納税後の資金繰りを考え、分割や期限の猶予等を国税局に陳情するのが通例であるが、本件において被告人会社は昭和四九年四月一八日に行政処分を待つことなく積極的に脱税分加算税等の修正申告をなし、同年五月二三日迄に法人税等合計約一億二、〇〇〇万円にも昇る金員を、後述のとおり被告人会社の仕入資金への影響が重大であるにもかかわらず完納しているのである。
右事実は、被告人会社が本件違反行為につき充分に反省していることを意味するものであることは勿論、昭和四九年度以降、国税局の指導により中道税理士が被告人会社の税務を新たに担当することになつた事実と相俟つて、今後同種脱税が行われる危険性の全くないことを裏付けるものにほかならない。
(証人中道正雄の供述)
(三) 被告人会社は新たに提出する税理士中道正雄作成の「上申書」によつて明らかなとおり、前項に記載した金一億二、〇〇〇万円にも昇る納税のため資金が極端に枯渇し現在重大な経営の危機に直面している。
即ち、四月、五月頃は丁度数の子等水産物の仕入の時期であつたが、被告人会社は仕入資金を納税にまわしたため本年度の仕入実積が前年度に比較して零にも等しい状態となり、そのため当期の売上は激減し、昭和四九年一二月末時点での資金不足額が二億円を越えるまでに資金状況は陥つている。
(四) 原告は被告人会社に対し金一、五〇〇万円の罰金刑を科したのであるが、前述の如き事情のもとにある被告人会社に対し右罰金額が多額に過ぎることは明らかであり、原判決を破棄され正当な刑の量定をされるべきものと思料する。
添付書類
一、税理士中道正雄作成の上申書(別表一、二を含む) 一通
上申書
留萌市旭町三丁目五四番地
八印久保田水産株式会社
代表取締役 久保田八十八
私は右法人の法人税法違反事件について法人の依頼により本件処理のため徴力を尽してきたものですが、右代表取締役久保田八十八(以下社長という。)の積極的な協力を得て、査察調査が円滑に行われるよう努力してきた積りでございます。
以上の結果確定した脱ろ所得について社長の指示にしたがい、直ちに所轄留萌税務署え修正申告を提出し対する附帯税および地方税をあわせ約一億二千万円の税金を即納した次弟です。
私はこれまでに多くの類似事件を見たり聞いたりしておりますが、このように積極的に修正申告をしたり納税したという例は極めて希であると記憶しております。ということは、修正申告により納税額が確定するを原則としてそこには全く救済する余地は残りません。したがつて一般的な例ですと修正申告をするにしても、あるいは更正決定の行政処分を受けるにしても間をおくことにより何らかの軽減の余地が残されているのでなかろうかという期待感、あるいは事件発生によりマスコミにたたかれ、税法上重加算税という多額の罰科金による制裁を受け、更に司法上の制裁を受けるわけですので、せめて納税だけでも引延ばそうとする本能に支配されがちになります。
本件につきましては、ただいたずらに納税を引延ばそうという考えからでなく、丁度四、五月にかけて当業界の商品の仕込み時期にぶつかりますので、一億円強の税金を一度に納税することは資金繰りに重大な影響を及ぼすことは明らかと判断し、私が独断で国税局え臨場し分納方を陳情し内諾を得ましたので社長に伝えたところ社長は「これ以上迷惑はかけられないので当期の仕入を縮少しても税金を即納したい」という固い意志により直ちに納税を完了した次第です。私がまがりにも法律に生きるものですし、脱税は許されるべきではありません。
ただ何らかの形で反省の意志表示をしようとする気持が積極的な査察調査の協力であり、修正申告であり、また税金を即納するという形になつたと認められるところから、罪は罪として社長の態度に私なりに敬意の念をいだいていたところです。
以上の状況のもと去る七月八日旭川地方裁判所においで、法人に対し一千五百万円の罰金の判決を受けました。私は刑の軽重について深くは判りませんが、ただ金銭のみを考えた場合、現在当社は別紙1「前年同期売上・仕入対比表」のとおり、当期の取引は激減し、これが原因で別紙2「資金繰表」のとおり資金が極端に枯渇しております。
多額な納税のため取引を縮少したためのみに起因する現象とはいい切れませんが、いずれにしても重大な岐路に立たされていることは明らかです。
以上の状況をご考察のうえ法の許す範囲において特段ご配慮を賜りますようお願いする次第です。
昭和四九年九月六日
札幌市豊平区清田一五三番地
税理士 中道正雄
札幌高等裁判所裁判官 殿
別紙1
前年同期売上、仕入、対比表
八印久保田水産株式会社
<省略>
別紙2
9月~12月資金繰表
八印 久保田水産株式会社
<省略>
※ 以上による資金不足額202,110千円については事業好転するまで銀行融資に依存せざるを得ませんが、目下金融引締めの状況下にありますので必ずしも楽観はできません。
控訴趣意補充書
被告人 八印久保田水産株式会社
右の者に対する法人税法違反被告事件につき、弁護人は次のとおり控訴の趣意を補充する。
記
一、控訴の趣意の(二)において、被告人会社が昭和四九年五月下旬までに一億二、〇〇〇万円の金員を納付したことを明らかにしたが、その結果資金上の枯渇を生じ一審判決後の本年末までの資金繰は別表2記載のとおりである。
即ち九月時における収入は売上回収額に繰越金を含め一億二、〇〇〇万円に対し、支出は手形決済資金、借入金返済資金、原材料仕入資金、従業員給与資金、(平均二〇〇名)その他の諸経費を含め一億九、〇六一万円に達し、受領手形の割引分を考慮しても実質赤字は差引五、七六一万円である。又十月時には収入予想九、五〇〇万円に対し、支出は一億七、一三二万円、受取手形を割引いた三、五〇〇万円を収入と見ても差引四、一三二万円の資金不足となり、十一月時には収入が九、〇〇〇万円、支出が一億九、三八六万円、受取手形の割引金三、〇〇〇万円を考慮しても七、三八六万円の赤字となり、十二月時には三億円の収入に対し四億七、九三二万円の支出となり割引手形分一億五、〇〇〇万円を配慮しても資金不足は二、九三二万円に達するのである。
結局右四ケ月間における資金繰は実質収入六億八〇〇万円(その外受取手形二億二、五〇〇万円)に対し、実質支出は一〇億三、五一一万円となり資金不足額の実質額は二億二一一万円が予想されている。一方現在は極度の金融引締政策がとられているため銀行融資も殆んど期待できない実情にあり被告人会社も重大な経営上の危機に直面しているものである。
二、控訴趣意書の(三)において、弁護人は本年四月以降の仕入資金不足のため仕入実績が下降したことを主張したが、昭和四八年の同時期との売上対比及び仕入対比は別表1記載のとおりである。仕入が減少したため九月以降の売上が上昇しないこととなり同期以後の資金不足を生ぜしめる大きな原因となることは一に述べたとおりである。
同表により明らかなように、四月から八月までの仕入額の対比は四月時において約一億二、〇〇〇万円、五月時において二億六、〇〇〇万円、六月時において一億六、〇〇〇万円、七月時において五億六、〇〇〇万円、八月時において三億二、〇〇〇万円にも達しているのである。
三、以上の諸事情を充分に御判断され原判決を破棄の上御同情ある判決をお願いする次第である。
昭和四九年十月一日
弁護人 水原清之
同 広川清英
札幌高等裁判所 御中
別紙1
前年同期売上、仕入、対比表
八印久保田水産株式会社
<省略>
別紙2
9月~12月資金繰表
八印久保田水産株式会社
<省略>